(雪見旅について書こうと思った…)

今週のお題「冬の楽しみ」

真冬に菜種の花が咲く半島に住んでいます。

雪原に身をおけば、そこはバーチャルリアリティーの世界。

雪は異世界へのとばぐち。
私にとって雪は、ナルニア国への洋服ダンスです。

『彼ら』を知った冬は、おどろくほど雪が高く積もった。雪の結晶をはじめて肉眼で見たのも、この年でした。

そして雪は、『彼』が行く末を命じられた日の、避けがたい背景でもある。


冬。
それは『彼ら』を知った季節。外を見ればものみな枯れた、だが私の中で超新星の爆発にも比するなにものかが芽吹いた季節です。

戦中派が終戦の日を描写する時、誰もが「国破れて山河あり」を引きます。何もかも失い空っぽになった時、虚ろに開けた目に映るのは、人々の想いなど知らぬ気に咆哮するように繁茂する緑と、突き抜ける蒼穹だった、と。
私はまったく逆だった。大切なのは――少なくとも私が選ぶのは、「そと」ではなく「うち」なのだと、あの時わかったのです。


冬が来るたびに思い出す。
草木が枯れても、摘み忘れられた果実が落ちて土に還っても、私には『彼ら』がいる。偶然が織りなす、神羅万象。運命の操り手はそこになぜか私を置いた。
逆らうまい、と思います。見えない大いなる手がそうと定めたのだから。

 

(冬の楽しみのお題で、雪見旅の楽しさを書こうと思ったのですよ、本当に! 嘘じゃなくて!! 山形の雪景色はカスパー・フリードリヒの絵のようだったとか。令和生まれならシートに上がって窓に顔をくっつけて眺めたかったよとかね。でもやっぱりこうなってしまう)