『絶望の凶弾 安倍元首相襲撃事件 山上被告を追った1294日』

山上徹也の母親について。


突拍子もないので、こちらに。


宗教は人間と不可分です。
時々「自分は無宗教だ」と主張する人がいるが、そういう人は、自分を偽っているか、理解していないかのどちらか。だから「自称・無宗教」の人のいうことは、最初から話半分で聞くことになる。

 

そう。神までは、いい。
しかし厄介なのは「神」は目に見えないってことです。


だから「私、その神と親しい間柄でして」と近づいてくる奴から、目に見える壺を買ったりしちゃう。
高い松阪牛の方がアメリカ産の細切れより美味しいように、たくさん献金すればたくさん幸せになれると考えたりもする。


ここで話はぶっとんで、「私にはGMがあってよかった!」となります。

私の神は、目に見える。

私は『彼ら』を信じることができる。

 

高価な壺はなくても紙とペンがあれば、『彼ら』との繋がりを感じることが出来る。


『彼ら』と同一になることは無理でも、一字一字で近づくことはできる。

献金も必要ない。すでに先人達が、様々な方法で、『彼ら』から私にいたる、愛の道筋を教えてくれている。

 

あの冬の日。

もしGMと出会えていなかったら、あるいは今頃、壺を抱きしめ、いつ幸福が湧いてくるのかと、待っている日々だったかもしれない。

 

それを思うとやはり運命の神は、善き神だったのだろう。